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新潟家庭裁判所長岡支部 昭和57年(家)1393号 審判

申述人 甲野花子(大正二年一月一八日生

)〈ほか四名〉

申述人ら代理人弁護士 荒井尚男

被相続人 甲野太郎(明治四一年一一月二一日生、昭和五六年四月二九日死亡)

主文

本件各相続放棄の申述を受理する。

理由

一  申述の趣旨

主文と同旨

二  申述の実情

(一)  申述人花子は被相続人の妻、その余の申述人らはいずれも被相続人の子である。

(二)  被相続人は3女申述人秋子出生頃から家を出て、申述人らと同居せず、乙山松子と同棲して、同女との間に四人の子をもうけ、申述人らとは殆んど音信不通の状態が続いていた。

(三)  被相続人は昭和五六年四月二九日、新潟県長岡市で死亡し、申述人らはその頃、それを知ったが、被相続人の財産状態については全く知ることがなかったところ、昭和五七年五月二八日頃、丙川竹子よりの、申述人らを被告とする違約金等請求訴訟(新潟地方裁判所長岡支部昭和五七年(ワ)第一二七号)の訴状副本が送達され、はじめて申述人らは被相続人が債務を負って死亡したことを知った。

(四)  従って昭和五七年五月二八日頃、申述人らは自己のために相続の開始があったことを知ったというべきである。

三  当裁判所の判断

本件記録を総合すると、申述の実情(一)ないし(三)の事実のほか、被相続人は死亡前掘立小屋のような家屋に住み、無一物同然の暮しをしていたことが認められる。ところで相続によって相続人が消極財産を承継する根拠は、これまで主として相続債権者の保護を目的とした「権利関係の安定」に求められてきたが、もともと被相続人の債務はあくまで被相続人の債務であるから、相続債権者は被相続人の財産からの満足を第一とすべきであり、相続人の財産からの満足は僥倖的なもので、この僥倖は相続人の債務承継を認める意思によってのみ偶然的に得られる、と考えるのが現在の個人尊重の法精神に合致するように思われる。

そしてこのような考えを前提として民法九一五条の三箇月のいわゆる熟慮期間について考えると、それは相続人が相続開始の原因たる事実、自己が相続人となったことのほか、消極財産を含む被相続人の財産(遺産)のほぼ全容を知った日から進行する、と考えるのが妥当と思われる(同旨の見解は大阪高決昭和五四・三・二二家裁月報三一・一〇・六一、大阪高判昭和五六・二・二四家裁月報三三・七・四一、判例タイムズ三八五号六七頁以下の椿寿夫氏の所説、判例評論二五四号一六五頁以下の中川淳氏の所説、判例タイムズ四一一号一七一頁以下の高木積夫氏の所説に示されている。)。

そうすると前記認定事実によれば、申述人らは被相続人死亡の頃に相続開始の原因たる事実および自己が妻もしくは子としてその相続人になったことを知ったといえるが、その頃、被相続人の遺産のほぼ全容まで知ったとはいえず、前記訴状副本が送達された昭和五七年五月二八日頃、申述人らはそれを知ったというべきであるから、その頃より三箇月を経過していない同年七月二二日になされた本件各相続放棄の申述は、その点において適法であるといわねばならない。

よってこれらを受理することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 上杉晴一郎)

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